●刊行にあたって
日本のバス交通は、その大半が民間事業者によってまかなわれている。そして民間経営ベースでやってこられた時期がかつて長らくあったことから、バスはバス会社が動かすもの、という思い込みが定着してしまった。マイカーの普及をはじめとし、交通を取り巻く環境が大きく変化した今も、その発想から抜け出ていないところに、バスの抱える問題のかなりの部分が起因すると考えられる。バス事業者はよき時代の経営感覚のままに利用者ニーズを置き去りにし、自治体は赤字を補填することで足の確保はよしとし、地域住民はだめになったら行政が何とかしてくれるものと信じていた。
コミュニティバスの登場は、それに一石を投じ、自治体が地域交通に正面から取り組んだという点で、大きな一歩だったといえよう。しかし多くの市町村がコミュニティバスを運行して数年を経た今、市町村合併の問題も絡んでコミュニティバスに新たな課題が顕在化しつつある。すなわち少ない利用、増える財政負担、地域的な公平性といった問題である。このことはこれまでのコミュニティバスという形態が万能ではないということのひとつの裏づけともいえる。
バス交通は、非常にローカルな地域の交通ニーズを反映し、より多くの需要をカバーしてこそその本領を発揮できるものである。これから必要なことは、事業者も、地方自治体も、地域住民も、その地域の交通の維持・確保と活性化について他人任せにせず、自らできることに取り組み、互いに責任を分担していく考え方であるといえよう。事業者はより効果的なサービス展開を新たな発想で研究するとともに地域に提案し、自らのモチベーションを高める必要がある。自治体は地域の交通ニーズを的確に捉え、全体をコーディネートしながら交通サービスの充実に向けて支援体制を作る。地域住民は自分たちにとって本当に必要な交通サービスなら、その確保と育成に積極的に関与・協力する。それぞれがみな当事者となって地域の足に取り組むという仕組みができることが望ましい。
本書の事例をその手がかりに、各地域にあった改善方法を模索していただければ幸いである。
鈴木 文彦 (交通ジャーナリスト)
●監修者のひとりとして
バスをはじめとした短距離交通の問題は、多くの国が共通してかかえているものである。
高齢化によって、今まで歩けた距離の移動でも乗り物が必要になる人々が大幅に増えた。また外出し社会参加する機会が増えた身体障害者も多い。地下鉄やモノレールの整備によって、新たに駅と自宅を結ぶ乗り物が必要になった人もいる。
わが国ではあまり意識されていないが、若年者の非行や学力低下への対策として、教育と通学交通とをワンセットととらえて、改善していこうとする動きもある。
このように短距離交通に対する社会ニーズが大きく変わる中にあって、これまでのバス事業者や交通行政に携わる国や地方自治体は保守的すぎた。2002年の乗合バス規制緩和は、関係者の意識改革を促すという狙いもあったと思われる。しかし現在までのところ、その目的はあまり達成されていないように見える。
こういった状態に業を煮やした自治体やバス会社によって、10年ほど前から、コミュニティバスや100円バスのブームが起きた。本書に紹介されている武蔵野市のムーバスは、短距離交通対策としてパイオニア的な取り組みであった。しかし全国には、外見だけムーバスと同じように見えるバスサービスを始めただけという自治体も多い。
本当の意味では、短距離交通問題に対して、国や自治体の財政が継続的に負担できるコストで解決できるような、切り札になる対策は見つかっていないと思う。今は、多くの地域の多くの事例を客観的に勉強するということが大事であろう。
本書で紹介されている各地の短距離交通対策は、そのいずれもが関係者の大変な努力で実現され、継続されているものばかりである。それだからこそなおさらのこと、注意深くお読みいただき、更なる改善点を探してほしい。そのような形で、各地の交通問題解決のために参考にしていただきたい。
寺田 一薫 (東京海洋大学 海洋工学部 教授)
●発刊にあたって
コミュニティバスの登場は、ややオーバーにいえば、文明的な展開だといっても、けっして過言ではない。これまでにない発想と手法で、社会のなかに確かなシステムを定着させたのは、まさに画期的なことであった。
あらためてコミュニティバスの特徴を解析してみると、そのことが首肯できよう。
まず第一に、コミュニティバスは単なるバスである以上、移動手段の1つであることは間違いないが、コミュニティバスはそれにとどまらない。コミュニティバスが出来たために、閉じこもりがちだった高齢者が街へ出かけるようになる。寝たきり老人が減った。コミュニティバスを街の新しいシンボルとしているケースすらある。100円運賃、ワンコイン、近いバス停、心躍るデザインなども、それを支えてきた。
第二に、コミュニティバスはあくまで市民の立場から、市民の目線でつくられたもので、いってみれば“市民の、市民による、市民のためのバス”である。コミュニティバスは市民生活に不可欠なもの(Needs)というよりも、市民がどうしても欲しいと思っているもの(Wants)に昇華されたということもできよう。こうしたシステムをつくり上げるために、グループインタビュー調査で、徹底的に市民のホンネを把握し、さらにフォローアップ調査で、市民の要望に応えているかを追求してきた。このような手法があって、コミュニティバスは揺るぎない足場を築くことが出来たといえる。
第三に、コミュニティバスは進化をつづけており、いまや明らかに第二ステージに入った。さらにいえば、市民生活を支えるソフトインフラとして、なくてはならないサービスを提供する域に達している。武蔵野市のムーバスが開業して10年、広くネットワーク化をすすめ、路線バスと連携するようになったのをはじめ、東京・杉並区のすぎ丸、鈴鹿市のC-BUS、浦安市のおさんぽバスの創意工夫は刮目に価しよう。
これからコミュニティバスは進化しなくてはならない。新しい取組みを試みる必要がある。そのためには、地方自治体、バス事業者はもちろん、市民自身の熱意と行動がカギを握ることになるだろう。そのために、何をなすべきか、そのヒントを得るうえで、本書がいささかなりとも役立つことを願ってやまない。
山本 雄二郎 (高千穂大学 客員教授)
●編集を終えて
本書は、2002年10月から3年余を要した刊行になるが、それはバスなどの交通を取り巻く環境の激変をどう分析し対応するかといった基本的な方向を見出すことに多くの労力と時間がかかったということが主な事由である。1990年代後半から予想ができていたとはいうものの、少子高齢化社会が交通に及ぼすプラスとマイナス、予想より早く2005年に始まった人口の減少、地方経済の活力減退や財源不足などによる行政サービスの見直し、マイカー社会の進展に伴う高齢ドライバーの交通事故件数の増加など、地域や行政、交通事業者が単独では対応できない状況が生まれてきている。その中でバス・タクシーなどの公共交通はどうすべきか、本コミュニティ交通シリーズに何を託すかを暗中模索して、構成や内容の検討を進めてきた。
ところで、「新バスシステム」には「新しいバス事業」と「新しい(バスの)サービス・運行システム」という考えを含めている。「新しいバス事業」では独立採算性の限界が挙げられる。地方圏は当然の事実としても、大都市圏においても独立採算の考え方で営まれるバスコ通サービスが、高齢者等の移動制約者にバス交通空白・不便地区を生み出している。それは、武蔵野市ムーバスや杉並区すぎ丸、浦安市おさんぽバスなどの新しい交通であるコミュニティバスの取り組みが証明していると言えよう。そのためには、地域(行政や利用者、市民、企業等)の支援や専門家(コンサルタント)の参画が求められる。地域と利用者が支えるバス・タクシー事業と、民間企業としての独立した経営の両立、という新しい問題、NPO等の市民が事業主体となるバス事業が成立し始めていることなど、バス事業そのものが新しく生まれ変わることは時代の要請と言える。
「新しい(バスの)サービス・運行システム」であるが、浦安市のコミュニティバス「おさんぽバス」のフォローアップ調査で、利用者や市民が路線バスに求めていることの重要な要素に、「路線バスのおさんぽバス化(コミュニティバス化)」が挙げられていることからも明らかになっている。昼間居住者(高齢者・主婦等)は、バス停が近いこと(事業者によるバス停設置の限界が及ぼす問題)、利用者にとって本数より重要な定間隔のダイヤ、5分以上は遅れないといった定時性の確保、払いやすく納得できる運賃体系、自分たちのバスと思える車両(外観・内装)とバス停のデザインなどを求めており、それが新しい需要(利用)の開発(創造)する。それらは「交通はバス事業者のもの」という考えをあらため、事業者が地域とパートナーシップを組まないと実現できないことが多い。これらは、ムーバスを始めとしたコミュニティバスが、ユニバーサルデザインやオーダーメイドの考え方で運行システムを開発し定着させてきてはいるが、バス交通全般をみてみると、新しいテーマとはなっていないのではないだろうか。
日本においては、制度的な制約から自治体や交通事業者に地域「交通計画」論のストックがほとんどないといってもいいのではないだろうか。現在、新しい取り組みが行われているが、それらの効果が結集されて初めて日本に交通計画論が生まれてくる、と言えるのかも知れない。今後は、コーディネーターをどうするか、コンサルタントの役割や責務などのテーマに取り組むことになると考えている。
本書では、以上のような多種多様なテーマに先駆的に取り組んでいる事例を報告していただいている。監修の鈴木文彦氏、寺田一薫氏、山本雄二郎氏の3氏も元気なバスの夢を大切にして活躍されている。私たちも、その意気や勇気に負けないハートで取り組んでいきたいと願っていますので、ご支援・ご協力を強くお願いする次第である。
2005年11月21日 編集部
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