●監修にあたって
ある地域社会で生活する市民個人が、他の市民個人とともに、そこに自分たちの政府を創設したとき、その地域社会は自治体となる。自治体における政府本体は、選挙投票で選ばれて市民を代表する、立法府としての議会と行政府としての首長である。選抜試験で選ばれた職員からなる行政機関は、政府本体の補助機関であり、首長の指揮に服し、議会の制御を受け、市民を代行、実務を担う。さらに、市民個人は、主権者の一員として、選挙投票以外にも、政府本体を制御する機会を求め、その制度化を推進している。直接請求制度に加えて、イニシアティブ/レファレンダム制度に向けての試行がはじまっているのである。また、行政機関に対して、直接に、対応責任、そして、説明責任を求める法制も整いつつある。情報公開法制や政策評価法制などである。
このようなガバナンスの文脈の中に置いてみたとき、電子自治体なる語は、いかなる意味をもつであろうか。行政機関の実務の電子化にとどまらず、もっと広く深い含意を有するはずである。政府本体を創設し、取り替え、制御するための投票を電子化しうる。政府本体の活動についての情報も、電子化され、容易にアクセスできるようになる。地域社会としての自治体の構成員にとって、電子化された情報のネットワークへアクセスしつつ、情報リテラシーを高めていくことが可能になる。
行政機関の実務の電子化にしても、それ自体が目的なのではない。いままでの仕事ぶりをそのままにしておいて、ただ電子化を進めても、うまくいくわけがない。電子化とお役所仕事の改革とを縒り合わせ、仕事の内容と組み立て方を刷新できてはじめて、電子化は有意義なものになる。もし、そうした改革が成果をあげれば、市民個人の行政機関への不信解消にとって、その緒が得られる。行政機関の外部の市民個人と、内部の職員個人が、情報や知識を共有し、まさにパートナーシップを組んで、協働できるようになる。職員としては、アリバイづくりのためにしかならない余計な仕事をやめ、市民個人に対して説明がつく仕事に集中し、胸を張って働き、価値を創造できる。
実際に、いま、日本社会の各地の自治体では、単なる行政の効率化やOA化をこえた、先進的な政策が練られ、実行に移され、成果をあげてきている。本書は、そうした現場の事例を集めたものである。実務の現場でのご苦労のなか、わざわざ研修の講師を引き受けてくださり、さらに、本書の編集に協力いただいた執筆者の皆さんに、心からの敬意を捧げるものである。読者の皆さんにも、僭越ながら、電子自治体の確立に向けて、多方面から貢献してくださるよう、お願いする次第である。
2003年3月10日 後藤 仁 神奈川大学
●はしがき
平成15(2003)年度は、e-Japan重点計画において、電子政府・電子自治体の一応の完成をめざす年とされている。実質的にすべての行政手続きがオンラインでもできるようになること、住基ネットの二次稼働(全国の自治体同士を直接結び、転入転出手続の簡素化や、遠隔地での住民票の写しの交付などを行う)、総合行政ネットワーク(LGWAN)への、全自治体の接続などの具体的な事業が予定されている。
社会全般に目を転じると、ADSLなど高速常時接続のインターネットが平成13(2001)年以降急速に普及し、光ファイバーによる超高速サービスも、徐々に普及が始まりつつある。インターネットが、市民にとって日常生活の中で普通に使うメディアとして定着しつつある。自治体もこの変化に機敏に対応して、地域社会の高度情報化社会へのスムーズな転換を促し、情報化が進んだ地域社会の新しい政策課題に対応し、自治体の内部でも情報通信技術をうまく使って、行政の効率化と公共サービスの高度化を実現していくことが求められている。
ところで、情報通信技術は、いまやありとあらゆる場面で活用されるようになってきており、電子自治体の課題も、自治体政策の全般に及ぶ幅広いものとなっている。課題への対応を先延ばしにする口実としてはいけないが、現実的な問題としてすべての領域でただちに課題に応えていくことなど不可能である。したがって、さまざまな課題のなかで、地域としての優先順位を定め、素早い対応を求められているものから順に取り組んでいくことが必要である。
本書に収録されているのは、それぞれの団体で、優先度の高い情報化の課題に取り組まれた現場からの報告である。何を優先的な課題と認め、どのような手法で取り組み、何を基準にして成否を判断するか。それぞれに異なっているが、ニーズと効果の両面から目的意識をはっきりと定めて事業に取り組まれてきたということは共通している。時期的には先発の部類に属する電子自治体化への取り組み例だが、現時点でも参考にすべき点が多々あるものと考える次第である。
課題の幅が広く、自治体政策全般についての画一的な通信簿を作って電子自治体化への取り組み度を把握し、その進行を促そうという動きもあるが、一律の相対評価よりも、個別の絶対評価にもとづいた進行管理こそいま求められているのではないかと考える。本書もそのような個別の絶対評価に際しての参照基準の一つして参考にしていただければ幸いである。
2003年3月13日 廣瀬 克哉 法政大学
●編集を終えて
本書は2002(平成14)年3月に刊行した、当会の「行政サービス・手続の電子化」Part2という副題をつけました。1年前に比べると「効率化と行政サービスの向上を図る」ための「電子自治体」という言葉は、ごく自然に使われるようになってきました。当初は、より一層電子自治体の実務の実際に肉薄すべく企画したのであるが、内容の充実と深化を図る中で、続刊的な役割が果たせるのではないかと考えた次第です。
詳解した事例は、当会で開催した研修会の講義録をもとにまとめているが、この分野は進歩や変化が激しい。また、電子自治体は現在進行形で、未完のものでもあります。著者の方に加筆していただいたが、それでも最新動向すべてをフォロー出来なかった所もあります。その点は、各自治体のホームページで最新情報を入手しながら本書を活用していただきたい。本書が自治体職員や担当者が、どのようなことを考えながら電子自治体システムを日々構築しつつあるか、より深い意味での理解の助けとなるのではないかと考えています。
事例編である第2編、第3編では、先に電子自治体の技術やシステムありきではなく、まず主権者・納税者、そしてお客様でもある市民・住民を念頭において、どのようなサービスが求められているか、いかに行政事務を効率化し改革するかの問いかけをしながら進めている、その工夫や実際、効果を解説しています。各自治体のおかれた現状を改革すべく、実態を踏まえた重点の置き方の違いに、分権時代の自治体像がうかがえます。システム関係者は、使うことになる市民の側の視点を忘れがちです。よかれと思って導入しても、まず技術ありきで導入しては、住民に使われないサービスになる危険性が高くなるのではないでしょうか。さらに、第1編の後藤仁氏、廣瀬克哉氏、諸橋昭夫氏には自治体が陥りやすい盲点や、電子自治体のめざす基本を整理していただいた。
ところで、住民基本台帳ネットワークシステムは電子自治体を支える基盤なのであるが、このシステムをめぐる住民の個人情報保護への不安の一つには、前述のことが関連しているのではないでしょうか。国としてのシステム導入の目的と、住民に身近な自治体のめざす方向とはかならずしも同一とは限らない。ですから、住民サービスとは何か、確たる意識やある意味でのしたたかさを、これからの自治体職員は持つことが求められてもいます。電子自治体を推進する上で大きな課題となっている個人情報保護のテーマは、当会も20余年ほど取組んできました。できれば次の機会にぜひ挑戦したいと考えております。
激しい情報技術の革新の中で、常に「何のための、誰のためのシステム推進か」の核心を捉え、電子自治体を担う自治体職員や関係者に、実践的な教科書として末長く読まれる資料となることを信じて刊行します。なお、本書と分権シリーズ5「行政サービス・手続の電子化」を合わせて活用されると、日本における先進的な電子自治体の目指す特徴・内容はほぼフォローできるのではないかと自負しているのですが、いかがでしょうか。ご感想や提案などをお聞かせいただけたら幸いです。
最後に、多忙の中執筆をお引き受けいただき、さらに本書の特徴となった貴重な資料を数多く掲載していただきました著者の皆様に厚く御礼申し上げます。
2003年4月7日 地域科学研究会 (緑川/松原)
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