地域科学研究会が発足したのは、1977年5月1日でした。同会は創立15周年記念のシンポジューム「発見と創造」を1993年12月に東京で開きました。この本は、このシンポジュームの内容を整理したものです。
地域科学研究会は、これまで二つの部門を柱として活動を続けてきました。一つは高等教育情報センター部門。もう一つはまちづくりの部門です。それぞれの部門での仕事の内容は、セミナー、出版、映像製作、コンサルタントと多岐に亘ります。しかしその仕事の仕方には、特徴があります。
まず、両部門とも流行りのテーマに飛び付かなかったことです。自分たちが理解し、納得する範囲のことを着実に仕上げながら、だんだんに同心円的にその範囲を広げてきました。
もう一つの特徴は、ものを単に定量的にはとらえずに、より定性的に掴もうとする姿勢です。量の大切なことを理解しながらも、質の持つ重みをより大事にしようとする方針で進んできました。
いまでこそ世の中は、量より質というようになりましたが、地域科学研究会の仕事には創立当初から、その傾向がありました。量的な資料だけでものを語ろうとすれば、建前の饒舌になりがちですが、同会は人々の本音に迫る努力を続けてきました。
かつてセゾングループの総帥、堤清二氏が「いいセンスを持つ人がいるんだなぁ」と漏らしたことがあります。それは同会が制作した横浜の赤煉瓦倉庫活用のスライドを見たときでした。
シンポジュームには、これまでの独自の発送で、まちを見つめ、まちを描き、まちを創ってきた方々が、パネラーとして、参加者に本音で話しかけて下さいました。パネラーの皆さんはまた、これまでの都市計画が、ともすれば西洋医学的な考え方で進められて来たのに対して、人間の心を配慮に入れる東洋医学的な手法も合わせて、まちを考えて来られた方々だといっていいかと思います。
山本雄二郎さんと一緒に司会をつとめながら、とても楽しく、充実したシンポジュームの一日を体験することができました。この本からその片鱗を汲んで頂ければと思います。
21世紀のまちづくりに向けて、地域活性化のエレメントを見出したい、個性の発見と豊かさの創造をめざそう、とだれしも考えるだろう。しかし、これほど言うは易く行うは難しいということはない。
地域活性化のエレメントにしても、個性の発見と豊かさの創造にしても、それを現実のものとするためには、多様なアプローチが不可欠である。さまざまな角度から、問題を把握し、分析し、そして検証しなくてはならない。
そうした必要に迫られた時、本書はなにかしらのヒントを与えてくれる、と自負している。なぜなら、本書に登場する人そのものがきわめて個性的であり、ユニークな発想と手法を身につけている人ばかりで、その言葉の端々に傾聴すべきことが多い。すくなくとも、閉塞状況から脱却しようというのであれば、一度は手にして欲しいと思う。
では、どのようなヒントが得られるか、いくつかの実例をあげてみよう。
▼流行(はやり)言葉を使わない
最近、とかく「人にやさしい」「環境にやさしい」といった言葉が多用される。それは、耳に快く響くし、つい使いたくなるが、いつの間にか言葉がひとり歩きし、結局は空疎なものになってしまう。安易に流行言葉を使ってはならない、というゆえんである。
▼視点を変えて問題をとらえよ
われわれは知らず知らず在来型の視点に安住し、そのために身動きが出来なくなっていないか。たとえば、全体像をとらえようとして、鳥が空から眺めるように、高い所から見下ろす。そうした鳥瞰図的な視点だけでよいとは限らない。虫が地面をはいずり回って見るような虫瞰図的な視点が欠落する。この点は十分に心しなくてはならない。
いってみれば、常に視点を変えて問題をとらえるようにせよ、ということになろう。コミュニティ(地域社会)に対し、ネイバーフッド(近隣社会)という見方もある。同じく、エコロジカルに対しエコゾフィカル、まちづくりに対しまちづくろい、左大脳からの発言に対し右大脳からの発言、といったように既成概念にとらわれず、柔軟に対応していくべきだ、と言い換えてもよい。
▼都市の個性はインテグレートしてこそ生まれる
都市の個性はその都市の自然や歴史が基本にあって、それらを総合した風土の中にあるが、ただ時をかけ、手をかけただけでは、個性は滅んでしまう。それに異質的なものをつなぎ合わせるなど、インテグレートして初めて、新しい個性が生まれる。その意味で、個性は創造していくものでなくてはならず、“本質的な珍しさ”を追求しなくてはならない。
これらはいずれも心に残るキーワードである。本書からそれらを選び出すのは、いともたやすい。しかし、それにしても痛感させられるのは、情報と人の大切さがくり返し指摘されたことである。情報は常に公開され、だれもが共有できるようにしなくてはならない。また人も、とくにまちづくりにかかわることが多い行政マンの資質がきびしく問われ、ときには、法律を超えて取り組む心意気をもつことすら求められる。
本書の登場人物は文字通り多士済々。それらの人たちが縦横に論ずるなかから、特色が生まれないはずがない。二部構成にしたのは、地域活性化のエレメント、個性の発見と豊かさの創造がそれぞれより鮮明になることを願ってのことであった。
21世紀のまちづくりに向けて、本書がいささかなりとも役立つことがあれば、監修者として、これにまさる喜びはない。