●監修にあたって
「民間資金の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律案」が1998年5月26日に衆議院に上程された。同法案は別名「PFI法案」と呼ばれるが、PFIとはPrivate Finance Initiativeの略であり、民間による資金調達を基本とした社会資本整備の手法である。PFIはイギリスで広く採用され、効率化と整備促進という2つの目標に貢献したといわれている。1997年秋からわが国で話題となったPFIは、各方面から批判の多い公共事業を効率化する方策として、また、長引く経済停滞の中で民間の新しい事業分野を創出する手段として期待されるものである。
本書の監修時点で法案自体は成立していないが、公共事業の多くの分野を所管する建設省は1998年5月に導入に向けてのガイドライン(建設省「民間投資を誘導する新しい社会資本整備検討委員会」中間報告)をまとめ、通産省は1998年6月に新規事業分野の創出を目指して「『日本版PFI』の実現のために」と題する報告書(通商産業省「民間主導型インフラ研究会」中間報告)を発表した。さらに、同年秋からは省庁を統括する形での「PFI推進研究会」が経済企画庁に設けられ、1999年1月にその中間とりまとめが発表されている。
このように中央省庁における準備は着々と整いつつあり、また、PFIに関する研究は民間ベースのものも含めればかなりの数に上る。さらに、地方自治体では、国の施策を先取りする形で、PFI的手法を用いた事業が提案されている。しかしながら、このPFI、議論が先行している割に実態がともなわないのが現実であるように思われる。それは、もちろん法律自体が成立していないことによる部分も大きいが、行政担当者や民間の実務家の間に、PFIの本来的な目的に関し、若干の見解の相違があることが原因であるように思われる。
イギリスにおけるPFI導入の経緯や実態を考えるならば、その本質は比較的明らかである。PFIは、社会資本整備における市場原理の導入であり、もっとも効率的な社会資本整備手法の導入、あるいは投下資金に対する社会的価値を最大化する仕組みの確立である。PFIについてしばしばいわれるVFM(Value for Money)とは、提供されるサービスの質を同一とした場合に、「税の対価としてもっとも価値のあるサービスの提供を行うこと」であり、その向上のために公的供給(社会資本整備)と民間による供給が同じ土俵で比較されるのである。つまり、PFIは、かつての民活事業にみられたような政府・自治体に足りない資金を民間から調達する手法ではなく、社会資本整備のあり方を投資の効率性という観点から再検討するプロセスなのである。
公的財政が危機的状況を呈しつつあるわが国の場合、公共事業、公共投資の効率化は喫緊の課題である。
また、産業の成熟化、人口の少子高齢化時代を迎えたわが国経済が再活性化する道は、民間事業者の主体的な事業拡大をおいて他にあり得ない。日本版PFIは、このような時代の要請に対し、正しく応えられる手法として位置付けられなければならないのである。
以上のような認識のもとに、本書は、日本版PFIの基本的考え方と具体的手法について、イギリスにおける実態と議論および自治体や交通分野における先行事例を検討し、具体的な制度設計に寄与することを意図したものである。読者の理解と賛同を得られれば幸いである。
1999年2月15日 山内弘隆 一橋大学商学部教授
●編集を終えて
地方分権、行財政改革が時代の趨勢となり、流行言葉になっています。かつて、第三セクターもそうでした。
その三セク方式がなぜ現状のようになってしまったのか、ということを振り返ることが、新しい社会資本整備手法としてのPFIという手法を、日本に定着させることにつながるのではないでしょうか。
PFIがイギリスの行財政改革の中で生まれ、日本に導入されるためにはまだ多くの課題があることは、本書の中でも明らかにされています。しかし、日本においてもPFI的な発想での事業が実はたくさんあるのではないかと思います。特に白治体において具体的な動きがあり、本書に収録されている借上型公共施設整備はその一例にすぎないのです。
その一つとしてご紹介できるのが、武蔵野市で運行しているコミュニティバス「ムーバス」です。ムーバスは公共交通空白・不便地域を解消する新しいバスシステムです。調査や計画策定、車両費、道路環境整備といったイニシャルコストは武蔵野市が負担、運行は民間バス事業者に委託し、運行経費の赤字分は市が補助することにしました。1995年11月に運行を開始し、1998年3月には新たに1路線が加わりました。バス事業者が運行経費を下げるために、運転手に嘱託職員を採用するなどの経営努力をした結果、初年度補助の約1,800万円が、1998年度は2路線合わせて約860万円の黒字が予想されるところまできたのです。
計画段階での議論の一つに、バス事業者へのインセンティブをどう組み立てるか、またその可能性はどうか、ということがありました。行政サービスとして市内全域にコミュニティバスを補助付きで運行することには当然限界がありますので、バス会社の事業意欲を引き出すことでサービスコストの負担を下げられないかと考えたのです。しかし、事業そのものの不確実性等々があり、見送らざるを得ませんでした。
このムーバスの事例は必ずしもPFIとは言えないと思います。しかし、行政が事業を発意し、システムを開発・整備する、民間事業者が経営ノウハウを活かして料金収入によって運営を行うという計画段階で描いていた構想は、PFIに通じるものがあったと思います。制度の整備も大切なことですが、考え方を大胆に変えることも欠かせないのではないでしょうか。
最後になりましたが、企画当初からご指導いただきました監修の山内氏、ご多忙の中を執筆いただいた著者の皆様に厚く御礼申し上げます。
1999年2月24日 地域科学研究会 (緑川/大下)
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