◆サブプライム・ショックで垣間見た“見えなかった,見ようとしなかったリスク”
昨今の『サブプライム・ショック』は,仕組み債・代替投資(オルタナティブ),その他の金融商品へと多様化した大学資金運用の現場が,初めてリスク管理の重大さを垣間見る機会になったのではないでしょうか?
「巨額損失で格下げされた某海外大手金融機関の発行債券を持っている。どうしたらよいか?」
「急激な円高,株安を心配した役員からの電話対応のために,お盆休みどころでなかった。」
「償還資金を仕組み債で運用予定していたが,しばらく,米ドル関連は様子を見たほうが良いか?」
「金融機関発行の債券,米国企業発行の債券,その他発行体の格付けについての注意点はあるか?」
等々。
これらは現場の生の声のほんの一部にすぎません。このように,一旦想定外のリスクが顕在化すると,現場はまた新たに難しい問題に取り組まなくてはいけなくなるのです。
なかでも役員(会)を始めとする組織への運用報告,説明は最も運用責任者のストレスを伴う問題ではないでしょうか?
◆その時,運用責任者は説明できるか?
以下は某資金運用担当者との会話です。
資金運用担当者:「今回のサブプライム・ショックでは,急激な円高が進んだことで仕組み債投資への影響を本当に心配しました。」
コンサルタント:「どうしてですか? この3,4年の間にも急激な円高は何度もあった筈です。」
担当者:「確かに,米ドルでいえば100円近くまでの円高になった3年前にも仕組み債には投資していました。当時は投資金額も数億円規模であり,多少の値下がりや利息収入の減少も運用資金全体への影響度から考えて軽微なものでした。ところがこの3年間に運用商品の多様化を進めた結果,仕組み債等は全体の3割前後も占めるようになっています。3年前とは状況が全く違うのです。当然,組織や役員(会)は報告・説明をより求めるようになります。」
コンサル:「今回はどのような報告・説明をされるつもりですか?」
担当者:「本学は月例で前月末時点の運用報告を行っています。幸いにして,急激な円高は8月の月中に起こり8月末時点には債券の時価もある程度回復しているので助かっています。しかも,報告会議は9月末とさらに1ヵ月ほど後になりますから,9月に入って8月末よりさらに為替は回復傾向ですから,会議では口頭で“回復傾向”のニュアンスを伝えられると考えています。」
コンサル:「不幸中の幸いですね。」
担当者:「本学でも運用規程を定めており,取得可能商品,信用格付け,償還年限,資産保有額制限等を機関決定しています。もちろん運用担当としてもこのルールを逸脱しないよう細心の注意を払っています。しかしながら,現場として痛感するのは,現在そして今後もこのような金融ショック,資産価格の下落を回避するのは絶対に不可能であることです。」
コンサル:「全く同感です。」
担当者:「ところが,そのような運用の事情を組織,役員(会)は判りませんし,判る機会もありませんでした。ただただ組織,役員(会)は運用規程等のルールに基づくことで,現場の業務を私どもに任せているのだと考えています。結果として,彼らの唯一の判断材料は数字(運用収入,評価損益,実現損益)にならざるを得ないことを危惧します。なぜなら,私の業務もそれで判断されてはかなわないからです。運用成果を数字で評価されるファンド・マネージャーではないからです。」
コンサル:「・・・・・・・」
担当者:「証券会社等の金融機関は新規購入商品や商品評価損について,投資環境や見通しについて,それらしい説明はしてくれます。しかしながら,それを何処まで信用して良いのかあるいは,その説明がどれだけ組織,役員(会)に通用するかのどうか,私には全く自信がありません。」
◆運用当事者と組織,役員(会)との認識ギャップ
公の資金,特に教育・研究という公益性の高い事業のための公金,さらに税制等の優遇をうける学校法人という組織の資金運用管理には高い倫理観と合理的な説明責任が求められます。これは現場の運用責任者だけでなく,業務を管理監督する組織,役員(会)全体が事後ではなく,事前に検討すべき問題でもあります。
一方,大学が仕組み債・代替投資(オルタナティブ),その他の金融商品へと資金運用の多様化を進めてしまった中で,業務に真摯に取り組む現場の運用責任者は「運用に絶対はありえない。」「値下がり等のリスクは不可避である。」「どのように運用報告,説明責任を果たすか。」という資金運用の本質に根ざす問題に初めて直面しています。
しかしながら,組織,役員(会)は「すでに運用規程は定めてある。」「細かいことは現場の責任者に任せる。」「報告はちゃんと受けている。」という意識にとどまり,本来,組織として“事前に想定,説明しておくべき問題”に気付いていない,あるいは蓋をしたままの状態であるとは言えないでしょうか?
運用益を上げることや損を出さないことが暗黙の前提になってしまっている運用業務の環境では,例えば,意図的に都合の良い時価評価を採用して報告したり,損を取り返す無理な売買取引によって評価損・実現損を操作したりするなど,「都合の悪いものは隠す。」というインセンティブが働く恐れも出てきます。
そうなると,益々,組織の意思疎通が不透明になり,かえって組織の長期的な利益を損なうことにも繋がりかねません。
このサブプライム・ショックを機に,現場の運用責任者と組織,役員(会)は「運用に絶対はありえない。」「値下がり等のリスクは不可避である。」という前提の中で,どうしたら透明性,説明性の高い運用管理体制を再構築できるかを本音で対話すべき時期に来ているのではないでしょうか?
<【その5】『その時,顕在化する役員(会)の監督不行き届き〜運用管理業務は適切に委任され,監督されていると言えるのか?〜』へ続く>