2008年2月25日

大学資金運用とガバナンス危機 【その5】
〜その時,顕在化する役員(会)の監督不行き届き

(運用管理業務は適切に委任され,監督されていると言えるのか?)

梅本 洋一
インディペンデント・フィデュシャリー(株) 法人資金運用管理コンサルタント
非営利法人資金運用研究会 事務局長



◆大学資産運用調査より(日経金融新聞 2008年1月31日 1面,13面特集)

『大学 53%が運用指針 余剰資金の投資,本格化(私立49%が実施)』
『サブプライム影響軽微 リスク回避志向強く』
『国立大,法人化で運用拡大』
『仕組み債・外債に注目』
 日経金融新聞の最後を飾る一大特集の見出しは以上の通りです。安易な解釈をすれば「他の大学もみんな仕組み債・外債で運用していますよ。サブプライムの影響もあまり無いですよ。」との喧伝ともとられかねないものです。


◆実際に,役員(会)は運用管理業務を適切に委任し,監督しているのか

 実際問題,このような新聞記事や年一回の某経済雑誌での大学の運用利回り公表などは法人に無責任なランキング・競争意識を植え付け,現場の運用管理業務をミスリードしてしまう弊害を生じさせている場合も少なからずあるようである。

資金運用担当者:「サブプライム・ショックで,今後為替が90円になることは無いですよね?」
コンサルタント:「正直なんとも言えません。金融市場を投資家に都合良くコントロールすることは出来ません。過去実際に,為替相場が1ドル90円〜80円を付けた時もあっという間でした。どうして,そんなに気にするのですか?」
担当者:「仕組み債投資が数百億円あるのですが,そのうち半分は90円台に突入すると利息が殆どゼロになってしまいます。」

コンサル:「為替等の予測・分析を必要としない運用,つまり,単純な国債等の運用に留めることが出来なかったのですか?」
担当者:「それでは利回りが低くて,運用していると見なされません。償還時には円で100%返還される運用であると説明できる金融商品は仕組み債以外になく,やむを得ない判断だったとも思っています。しかしながら,為替等で利子や債券時価が大きく変動する仕組み債などを管理することは“素人”には荷が重すぎることを経験して初めて悟りました。」

コンサル:「では,役員(会)もこのような現場の事情,苦労を承知しておりますか?」
担当者:「そうとは言えません。役員(会)は某経済雑誌に公表される大学の運用利回りや,新聞記事をみてライバル大学と相対比較し,『時代や競争に取り残されてはいけない。本学の資金運用も何もしない訳にはいかない』と現場にプレッシャーをかけることはありますが,実際の運用現場の事情,苦慮,危機感を何処まで共有しているのか大いに疑問です。このような状況でもしも運用に失敗した場合,表面上直接に責任追及されることはないと思いますが,実際には評価としてマイナスになるのではと危惧します。」

コンサル:「それでは,安心して運用管理業務に携われないのではないですか?」
担当者:「その通りです。リスクばかりがやたら大きい業務に思えてなりません。」


 これらは現場の本音の一例にすぎません。しかながら,もしも,読者の皆さんが所属する大学の資金運用業務の現場でも同様の“違和感”を覚えているとしたら,その大学の役員(会)ものんきに構えてはいられないはずです。つまり,役員(会)は運用管理業務を適切に委任し,監督しているといえるかどうかを問われるリスクがあるからです。


◆その時,表面化する役員(会)の監督責任

 大学が仕組み債・代替投資(オルタナティブ),その他の金融商品へと資金運用の多様化を進めてしまった中で,業務に真摯に取り組む現場の運用責任者は「運用に絶対はありえない。」「値下がり等のリスクは不可避である。」「どのように運用報告,説明責任を果たすか」という資金運用の本質に根ざす問題に向き合うようなりました。
 一方で,組織,役員(会)は「すでに運用規程は定めてある」「細かいことは現場の責任者に任せる」「報告はちゃんと受けている」という認識に留まり,結果的に実際の現場業務を「運用益を上げ,損を出さない(しかも,毎期毎期)」という暗黙の前提・枠組みに押し込めてしまっているのではないでしょうか?
 常識的に考えても,運用から不確実性(リスク)は切っても切り離せない以上,資金運用ガバナンスの要諦は「不確実性(リスク)に対処しつつ,合理的な運用益を追求中であると説明できるプロセス管理そのもの」にならざるを得ません。役員(会)には,そのような反駁しがたい事実を踏まえた上で運用業務を現場に適切に委任し,監督を行うという責任があります。
 ところが実際は,現場での曖昧な裁量,合理的とはいえない主観的判断に多くを依存しないと運用できない状況なのです。このような資金運用では不測の値下がりや損失を招きやすく,一旦それが表面化した場合の責任は,いい加減な業務委任と監督のあり方を放置した役員(会)に帰属します。
 では,預金と国債のみで運用することは,責任ある役員(会)の決定として相応しいものなのでしょうか? 教育・研究事業の維持・発展という学校法人の長期的な利益に資するためには金融資産の健全な保全は欠かせません。預金と国債のみで運用することはインフレ等で法人財務を弱体化させ,かえって組織の長期的な利益を損なうことにも繋がりかねません。
 このサブプライム・ショックを機に,役員(会)は「不確実性(リスク)に対処しつつ,合理的な数字や書面で管理が可能であり,かつ,学校法人の長期的な利益に資する資金運用をどうしたら構築できるか?」を現場と本音で対話すべき時期に来ているのではないでしょうか?


<【その6】『学校法人の資産運用について』の文部科学省通知(H21年1月6日)をめぐってへ続く>

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