◆「いつか投資環境が急変するのではないか? 判断を誤るのではないか?」
このような不安を感じながら,仕組み債・代替投資(オルタナティブ),その他の金融商品を取り扱っている現場の資金運用担当者/責任者は少なくありません。とは言え,彼らは組織のルールを逸脱した運用を行っている訳では決してありません。むしろ,従来に無いほど,彼らは資金運用規程等の遵守を意識しているはずです。
しかしながら,いくら資金運用規程を遵守しているといっても,“割り切れないもの”が明らかに存在し,現場の資金運用担当者/責任者は(あるいは現場の資金運用担当者/責任者だけが),時折,その“割り切れないもの”の存在を“直感”するのです。
◆隣り合わせになった,不測の評価損・損失リスク
例えば,以下は近年の大学法人の資金運用でもすっかりポピュラーになってしまった仕組み債についての某資金運用担当者との会話です。
資金運用担当者:「本学は,仕組み債投資によってここ数年間著しい運用成果を収めています。」
コンサルタント:「どうやって出来たのですか?」
担当者:「正直,私自身がおどろきました。為替で受取利息が増減する仕組み債などは,信じられない利回りで,おまけに受取利息の累計が一定以上になると2,3年で繰上げ償還になるものも随分ありました。正に“短期で高利回り”です。証券会社のお勧めで,その償還金で次の仕組み債に乗り換えると,またそれもしばらくして繰上げ償還してしまう状態が続いています。」
コンサル:「運用のメインは仕組み債というわけですね?」
担当者:「でも,今後はこのままの状態で良いのかどうか迷っています。」
コンサル:「なぜですか?」
担当者:「これまでの運用成果には理事も満足していますし,証券会社も最近はもっと高利回りが期待できるという新しい仕組み債の提案をしてきます。しかし,この数年間の円安の流れに偶然乗っていただけではないか? どこかでこの流れが変わるのではないか? そうなったら,運用益どころではありません。お手上げです。」
コンサル:「・・・・・・」
担当者:「実際,為替でなく,日本の短期金利と長期金利の差によって受取利息が増減する仕組み債を少し買って持っているのですが,現時点で利息がゼロになって,元本が相当値下がりしているものもあります。」
コンサル:「・・・・・・・」
担当者:「それに,最近の証券会社が提案してくる仕組み債も以前のものに比べるとリスクが高くなってきていると思います。ずっと前から仕組み債に投資してきたから感じるのですが・・・。」
コンサル:「と,いいますと?」
担当者:「例えば,以前なら受取利息がゼロになる米ドル為替が70円〜90円で設定されるものが多かったのですが,最近はそれを100円前後に設定し,代わりに円安にしたがって利息の増加率の高い仕組み債の提案が多いです。」
コンサル:「少し,それを買ってみられたのですか?」
担当者:「いいえ,むしろ仕組み債は減らしたいと思っています。いつ円安の流れが変わるかを考えると,とてもこのままの運用を続けるのは怖いので・・・。」
コンサル:「満期保有債券だから評価損も気にしないという担当者もいますが?」
担当者:「時価評価損益を注記開示するので評価損にも限度があります。実際,30年も先の満期償還をもって周囲に全て納得してもらえるとは思えません。結局,早期に繰り上げ償還になる前提でないと。そうなる動きを為替がするかどうか,私には全く自信がありません。」
資金運用の世界の原則として,預金を含め絶対確実なものなど有り得ません。例えば,従来の「満期が来たら次の預金や国債に切り替える」スタイルの資金運用の場合の最大のリスクは預け入れ金融機関の破綻です。しかしながら,金融機関の破綻という事態はあまりにも発生確率が低いので,現場の資金運用担当者/責任者は資金運用規程を遵守してさえいれば,前述のような不安を抱くこともほとんどありませんでした。
ところが,仕組み債あるいは代替投資(オルタナティブ)等となるとそうはいきません。その決定的な違いを一言でいえば,これらは「間違い・見込み違い」が頻繁に起こり得る運用であることなのです。金融商品の運用益や(値下がりを含む)価格変動に影響を及ぼす要因は,信用格付け,為替レート,金利,株価,不動産・商品市況等々,不確実性要因が複雑に絡んできています。現場の資金運用担当者/責任者は必然的にこれらに対処しなくてはいけなくなっているのです。
しかも,運用規程ではほとんどカバーされていないこれらの不確実性要因の分析判断については,曖昧な不文律によって現場に委ねられており,責任者/担当者の裁量判断(主観的判断)に多くを依存している状態といえます。
さらに言えば,信用格付け,為替レート,金利,株価,不動産・商品市況等々の不確実性の分析判断あるいは予測というものは,証券アナリストやファンドマネージャー等のプロ中のプロでも頻繁に判断を誤る代物なのです(プロの分析・予測の的中率は50%かそれ以下という統計データもあると言われます)。
◆運用当事者にしかわからない恐怖(誰にも言えない本音)
資産運用に真摯に取り組む責任者/担当者ほど,このような「間違っているかもしれない」,「損失を出してしまうかもしれない」という逃れられない現実に直面します。
私も前職の証券会社で顧客に投資の推奨をしながら,同時に,「正直なところ,結果はわからない。でも,上手くいって欲しい」あるいは「今回に限っては,悪い方にはいかないだろう」と本心で思ったことが何度もありました。結果,事なきを得ることもある一方,必ず一定の間違いも犯しました。仕事として投資(自分のものでない資金の運用)の意思決定に関与することは大変なストレスを伴います。
しかも,運用益を上げることや損を出さないことが前提の業務環境では,「本当はわからない」「間違う可能性もある」ということを本音で言いづらくなります。そうなると,「わからない。でも,円安であって欲しい」「今回に限っては,早期償還するだろう」「まさか,そこまで円高はないだろう」という願望で意思決定しないとも限りません。そして,最近の大学資金運用の多くもそのようなジレンマに差し掛かってきているのではないでしょうか? むしろ,これからは「本当はわからない」「間違う可能性もある」という前提から大学資金運用の管理体制を再構築できないかを模索すべき時期に来ているのではないでしょうか?
追記
ちょうどこのコラムの執筆中,米国の住宅サブプライムローン問題をきっかけとして,急激な円高,株安と信用不安などが現実となっています。
仕組み債,債権流動化商品やヘッジファンドを「今回に限っては」「まさか,そこまでは」と甘い判断を持って保有し,“肝を冷やしている”運用関係者も少なくないのではないでしょうか?
上記のような金融商品を保有している場合,このような事態への遭遇を避けて通ることは誰にもできません。
むしろ法人はこれを機に,「事業」と同様の発想で資金運用管理を見直してはどうかと思います。
(1)「事業」は,短期間で簡単に収益が上がるものではありません。過大評価は禁物です。
(2)「事業」は,収益化するまでの,「期間」,「最大損失」の可能性について検討を要します。
(3)「事業」は,なぜ収益化できるのかについて客観的,合理的に説明できる必要があります。
(4)「事業」は,適任と考えられる推進者を選び,委ねられ,(1)(2)(3)の基準から評価されます。
(5)「事業」は,経営者(役員会)が最終責任を引き受けます。
(1)(2)(3)(4)(5)は法人の資金運用についても適合する常識的な基準でないでしょうか?
もしも,このような基準を踏まえた上で法人が資金運用を実施していれば,今回のような市場の波乱の中でも,「状況は想定した範囲内です。当初の運用方針に変更の必要は無いと考えます。今後もこの方針を貫徹することが適切と判断します。」という風に,毅然としていられるはずです。
<【その4】『その時,現場の運用責任者は説明できるか?』へ続く>