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令和元年10月29日

学校法人資産の運用を考える(5)
『法人を取り巻く制約条件と、資産運用との整合 
1:会計・決算の制約』


粟津 久乃氏 写真
粟津 久乃
インディペンデント・フィデュシャリー(株)
マネージングディレクター



 現在、日本の学校法人の資産運用において、財産の損切や取り崩しを何の抵抗もなく許容できる法人はどれほど存在するでしょうか?財産の損切や取り崩しは避けて、保守的な運用内容を保ちたいと考えている学校法人が多いのではないでしょうか。では、なぜ、日本の学校法人は、そのような考えに至るのでしょう?

 米国の大学基金が積極的な運用を行っているのに比べて、日本の学校法人は運用に保守的であるという比較がよく存在します。しかしながら、詳しく調べてみると、全く構造から違うことがわかります。米国の大学は法人本体のなかでは一切運用をしていないのです。大学本体の会計、決算から完全に分離した「寄付基金」で自由な運用を行い、基金の時価総額の一定割合を元本も含めて取り崩し、それを大学側からみると、基金からの『寄付金収入』として受け取っているのです。寄付基金の側では利子配当収入は勿論、売買損/益、さらに取り崩し支出まで会計処理されるが、大学側では毎年『寄付金収入』として計上するだけで済んでいるのです。
 一方、日本の学校法人が米国の大学基金のような運用を行なえば、たちまち本体において、利子配当収入は勿論、売買損/益、さらに取り崩し支出まで会計・決算処理しなくてはいけないのです。つまり、日本では法人本体内部で資産運用する為、本体の会計・決算に全て反映される構造となっています(財産の損切や取り崩しを含め)。会計・決算処理にあたって、例えそれが意図的なものであったとしても、資産運用に伴う売買損失や取り崩し支出の計上の説明を進んで行いたいと思う運用担当者や、それらを許容できる役員はどれだけ存在するでしょうか? そして、このような取り崩し支出などを避けたいとすれば、事業・法人運営に必要な期間収益は、運用元本からの利子配当収入のみによって安定的に確保したいという運用目標へと帰着します。
 債券運用は長年、このような法人本体の会計・決算にダイレクトに反映されるという制約の元で、運用目標を達成する為の一つの有効な“手段”だったのです。まず、安定した利子収入が見込め、約束された期日になれば償還が約束されています(あくまで名目的な金額であり、勿論、発行体の信用リスク、デフォルトリスクが顕在化しない限りという条件付きでもありますが)。さらに、債券運用ならば、会計や決算にも完全に一致させて処理、説明ができます。利子収入≒計上収益であり、保有額面≒計上資産であるのです。

 しかしながら、このような会計・決算と法人資産運用が整合したのは、日本国債の利回りが2〜3%あった時代まででしょう。今日では、発行体の格下げ・デフォルト、為替や株式市場の急変などの仕組債投資への影響など、本来の意図とは裏腹に安定した利子配当収入を犠牲にしたり、会計・決算に損失の汚点を残したりすることも珍しくないでしょう。
 要するに、今日の学校法人資産運用では、会計・決算の制約に対して、整合的な運用目標、すなわち、財産の損切や取り崩しを避けて、保守的な運用内容を保ちつつ、事業・法人運営に必要な期間収益は運用元本からの利子配当収入のみによって安定的に確保してゆく必要があります。その為には、金利低下の中では、従来の考え方や“手段”についても再考せざるを得ない状況に置かれています。その“手段”を考え始めなければならない時期であり、そういった資産運用の手法に出会えるようであってほしいと思います。


つづく


□ 学校法人資産の運用を考える(4)
  『不確実性が伴う資産運用と、確実性が求められる法人事業とのバランス』

□ 学校法人資産の運用を考える(3)
  『現在の法人事業、将来の法人事業についての考察』

□ 学校法人資産の運用を考える(2)
  『内部人材の問題についての考察』

□ 学校法人資産の運用を考える(1)
  『法人の資産運用の二極化』の真相

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