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                                           2015.12.2

米・存在感の退潮と漢化世界・拡大の背景分析
〜書評 マイケル・ピルズベリー著『CHINA 2049』〜


池 田 憲 彦
元拓殖大学教授


  現代世界で最も影響力のある国家は米国。チャイナ・ウオッチャーとして、米対中政策に多大な影響力を有していたのが著者。ニクソンの対中接近以来、調査研究に従事、多くの中国の実務家と交誼を重ね、ケ小平とも付き合い、その見識を高め、米国政府の対中協力を促進してきた。
  その張本人の一人が、長い間、自分たち、そして米国は中共党に騙されてきたと告白。その理由を実証的に記述したのが、原題は、“The Hundred-Year Marathon/ China’s Secret Strategy to Replace America as the Global Superpower”。2015年2月に刊行。訳書は日経BP社から9月に刊行されながら、11月にはすでに3版を重ねている。関心が高いのは好ましい現実だ。
  表題は訳題である。百年とは、中共国家の成立した1949年から2049年まで。中共党の目的は、副題にあるように、米国に代わり世界の覇権を握ること、米国はその肥やしだと、実証的に解明した上で断言した。

  この著作で、歴代の米大統領でまともだったはレーガンだけ、と読める。米政府の元北京事務所代表にもなったパパ・ブッシュも騙されていた一人。ベトナムで頭の痛かったニクソンによる米中接近、が定説化していた。真相は中ソ対決で実際に中ソ国境からモンゴルと中国の国境線上に百万人以上の軍団を配備していたソ連に、怯えていた毛沢東の密謀により米に働きかけての接近。著者の解説は本当だろう。米国を手玉にした手口を、漢語の「無為」と「勢」から解き明かす。

  1991年のソ連崩壊前では、米国による中国重視は外政上でわからないでもない。だが、ソ連崩壊後も、中国へ恩恵を与えてきた米政府内の著者を含めての親中派の思考形態が、今一つわからない。最大の利益享受者の一人はキッシンジャー博士。最近は態度を変え、著者に同調し対中批判に立ったようだ。それは、著者の「謝辞」で博士の協力を仰いだと明記しているから。ということは、今はキッシンジャーも北京に騙されていたという認識を共有していることか。これまで定説化していた親中派キッシンジャーは何処にいったのであろう。
  彼の対中認識の総括記録である訳題『中国』(2012. 岩波書店上下巻)・原題“On China”2011. は、大幅な改訂版か、破棄しなければならないのでは、と他人事ながら心配になるのだが? 彼も著者と同様に、中南海の住人たちに見くびられて、いいように操作されていたことを、ピルズベリーの「謝辞」の文脈は示唆しているからだ。

  『中国』の結びは、今にして読むと牧歌的である。あれだけリアル・ポリティクスを大統領特別補佐官や国務長官という立場で実際に実行した博士が、そのような表現を使うかというくらい懐古的でロマンチズムに満ちた言い回しをしている。最初の秘密訪問の際に、発表するコミュニケで意見の一致を見て、周恩来は、これは世界を揺るがすだろうといった、そうだ。40年を経て、米中両国は、「世界を構築する努力に一緒に取り組めるようになれば、なんと素晴らしいことだろう」(同上574頁)で終わっている。
  それに比して、ピルズベリーは、この著作の最終部分で、中共党の描く2049年に対米経済規模が2倍から3倍にさせるという長期的なシナリオに、米国が目を背ける可能性があるのに触れている。その結果として、末尾は「そうなれば、中国は戦わずして勝利を収めることになるだろう」(358頁)としている。この見通しが妥当かどうかは別。著者がそう思っていることに意味がある。

  世界帝国米国ですら、いいようにあしらわれるのだから、米国の属国以下の日本政府や経済人が中南海に棲む権力者と対等で交際できるはずもないか。この著作でも、米中間での日本の存在感が薄いか無きに等しい。米国による対中利益供与で最大は、1979年の大平首相訪中と80年から始まった対中協力であろう。総額7兆円以上に及ぶ日本の協力は、ケ小平の改革・開放政策にどれだけ役だったか。特にソフト面の技術協力は大きかった。日本の発意ではなく米国の「指示」によるものと、今にしてわかった。だが、著者は一切触れない。

  著者は日本について普通の米人ぐらいの知識しかないのは、ヒトラー、スターリン、東條英機と並べて、その侵略性を共通項としているところに見られる。また、北清事変で、米兵は掠奪しなかったという記述は怪しい。乱暴された側の清国人は、日本兵の支配地域に逃げ込んだ。他の欧米各国兵の狼藉に比して、日本軍は軍規厳正なことを知ったからだ(石光真人編 『ある明治人の記録−会津人柴五郎の遺書』中公新書)。こうした瑕疵は、読む側に知識があれば許せる範囲、と言えるかどうか。これまで親中派だった所以が見える。
  日本の今後が、中共党の目指す百年マラソンの障害になりうるという指摘は正しい。しかし、米側が従来の対日姿勢を存続させていると、日本の態勢は弱いままとなる。そこへの著者の掘り下げはない。政策論としては不均衡だ。この程度の東アジア認識で米国の対中政策に影響していたようでは……。

  この事態に今後の日本は米中にどう臨んだらいいのか。盲目的な日中友好人士も困るが、いたずらに、我々も騙されないようにしよう、では問題の解決にならない。中国の台頭に最も影響を受ける一国に日本も入っているから。
                                              <平成27年11月30日>

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