私論公論トップページへ戻る (2013.9.20)
今、日中間にある危うさの本質 〜9月訪中で思念したこと〜
池 田 憲 彦
地域科学研究会KKJ客員
元拓殖大学日本文化研究所 教授
附属近現代研究センター長
古来、日本は大陸の変動と無縁ではなかった。昭和に入っての迷走も。そして、日本は敗戦の憂き目に遭った。不本意な結果を経験化し得たと言えるか。現在、中国で起きるすべての迷走は、中共党を最優先する統治の原則から生じている。現在の統治と経営スタイルを作り出したのはケ小平。だが、彼の改革・開放政策は、どこまで行っても「党の下に」だ。
そこを見誤ったから、胡耀邦、趙紫陽は失脚した。ケにすれば、後継者にしたつもりの二人の改革路線の先に起きるのは、党支配を揺るがせ、やがては凋落に至る、と判断。それが、いまだに内外から非難される第2次天安門事件での流血を招いた。
ケ小平評価で功罪半ばとする見解は、中共党統治の原則を知らない世迷言。あるいは一知半解の説。
彼の偉大さは、何物にも最優先する党を掲げて、一歩も引かなかったところである。その亜流が、江沢民の反日教育の推進。日本叩きをすれば党は安泰と短慮した。今の習主席は、その負債の継承で股裂き状態になっている。そこで選択したのが、江沢民らの旧態勢が改革・開放から生まれた利権で貪った汚職の摘発だ。
いわゆる中国通がしたり顔で、中国人は長期的に手を打っているという。一定の経緯を結果的に見れば、そのように見えるフシもある。だが、彼らの大部分が目先の短慮で動くのは、尖閣が紛糾した際のレアメタルの対日禁輸措置を見ればいい。日本の速やかな対応措置で対日輸出が減ってしまい困っている。内蒙古では倒産企業も生じているという。
中には例外で、ケのような存在もいるにはいるが。そして、彼のような大人物に、ほぼ大部分の日本人は個人として勝てないことも知っていた方がいい。
現在の安倍政権が、北京に『敬して? 近づかず』の対応をしているのは賢明である。短期的には有効でも、長期的に観た場合の日本の在り方は、それだけで済むのか。だから、冒頭で「古来」と言った。
9月上中旬、一週間駆け足で上海、西安、北京と回った。11日は北京だったが、招宴でも尖閣国有化問題は話題にならなかった。関心があって敢えて触れなかったのか無関心からかは不明である。
西安の経済特区計画の壮大さには圧倒させられた。多分は米国留学組の、管理責任者の若さにも驚かされた。ITが主題だから旧世代にはわからない?
通観すると、中共の国造りは日本の後追いのようだ。それはケの歴史認識でもあったのか。近代日本は開国を選択した際に、欧化による富国強兵路線を展開。後年、そこに大陸問題が関わり、相手の巧妙さもあり、泥沼に嵌り込む悲劇に。敗戦後の占領で強兵路線は破棄させられた。七年後の主権回復後は、軽武装の経済重視を「国是」化した。
毛沢東による中国統一は、国内から外国勢力を追放し、鎖国による国造りを試みた。だが、大躍進の失敗、小康状態後の文革による再混乱を経て、ケの改革・開放に至る。彼は、富国強兵路線は変えなかった。江による反日は、その政策目標の裏面に張り付いた姑息な手段である。いわば恐日病の産物だ。
中国の華は咲くのか? 今のままの行き方では咲かない。習主席は、「中国の夢、私の夢」(中国的夢、我的夢)と呼びかけている。その内容は? 現在の富国強兵路線の先は、いずれ破綻する運命になる。日本がすでに先行して答えを出している。と観ると、本物の答えは自ら出てくる。
近代日本の強兵路線の失敗への反省から作られたかに見える経済優先路線は、隣国中国の富国強兵路線に脅かされている。だから、日本も再び強兵路線を必要とする事態になっているのか。日中は近現代を通し欧米(the West)の行き方に振り回されてきた。その総括が真摯に必要な段階に来ていると思う。
日本が独自の見識に立ち、脱近現代の国家像を構築し得て取り組み出した秋、中国の知識人も現在の迷走から脱する回路を感知できるのだろう。“いそげ、追いつけ”だけでは、課題は解消し得ないことを。
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