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                                           (2012.6.5)

 

駒澤大学、運用損失約170億円の賠償請求について考える(1)
〜適合性の原則と金融取引業者の瑕疵責任〜


梅本 洋一
インディペンデント・フィデュシャリー(株)


◆駒澤大学、運用損失でBNPパリバなどに約170億円を賠償請求
 駒澤大学は、2007〜08年にかけてデリバティブ(金融派生商品)取引による資産運用に失敗して154億円もの損失を招いた問題について、取引を勧誘したBNPパリバ証券やドイツ証券などに対して約170億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。
 2012年5月25日に第1回口頭弁論があり、BNPパリバなどは争う姿勢を示した。
 訴状によると、駒澤大は2007年に「通貨スワップ」と呼ばれる為替デリバティブ取引をBNPパリバなどと契約したが、世界的な金融危機による急激な円高で損失が膨らみ、担保となる資金の追加を何度も求められたため解約したが、その際に精算金としてBNPパリバに76億6500万円の支払いを強いられた。BNPパリバ証券には84億3150万円を求めている。
 大学側は、BNPパリバなどが「顧客の意向に反して過大なリスクのある取引を積極的に勧めた、適合性の原則に反する不法行為であり、取引は無効」と主張している。
                                  (出所 J-CASTニュース 5/28)


 先月5月末、このようなニュースを各紙が一斉に報じた。「ようやく動いたか」というのが正直な感想である。今後、この賠償請求がどのように着地するのかはわからない。しかしながら、この報道が学校法人資産運用一般に発しているメッセージは2つあると考えている。これを他山の石として、全ての学校法人はそれぞれの資産運用を今一度、点検すべきである。発せられている2つのメッセージとは何か。今回はまず、「学校法人資産運用における適合性の原則」について考えてみたい。


◆適合性の原則とAA法人の資産運用取引
 「これはどう考えても適合性の原則の違反に思えます。泣き寝入りしないで、証券会社を訴えてみるべきです。」
 リーマンショック直後の頃、別のAA法人から同様の為替スワップ取引による損失処理について相談された時、小職はこう申し上げたことがある。

 適合性の原則とは、「証券会社や銀行などの金融商品取引業者等が、顧客に対して有価証券・その他の金融商品の投資勧誘を行う場合に、顧客の投資に関する知識・経験および資産の状況、投資の目的を十分に把握するとともに、当該顧客の意向や実情に適合した勧誘を行わなければならない」とういもので、金融商品取引法にも定められており、有価証券その他の金融商品を販売する者は、この原則を遵守しなくてはならないというものである。

 これを極端にいえば、証券会社や銀行などは、たとえ顧客側が強く要望しても、その顧客の知識・経験および資産の状況、投資の目的に適合しない金融取引はお断わりさえしなければいけない。ましてや、そのような不相応な取引を積極的に顧客に持ちかけることなどはあってならないのである。

 当時AA法人が行っていた為替スワップ取引とは以下のようなものだった。この取引契約からは多くのインカム収入が得られ、契約の終了時には差し入れた契約保証金は100%返還される。たがらローリスクかつハイリターンな取引であると、この法人は安易に考えていたようであった。その保証金を担保とした「想定元本(通常は担保の何倍かの金額)」を基準に計算されているので、インカム収入が多いのは当たり前である。ただし、「想定元本」は為替に比例して変動するので、差し入れた“少額の保証金”だけではすぐ担保割れを起こす場合もある。その場合、スワップ契約を継続する為には、「想定元本」の評価損をカバーする追加担保を差し入れる必要がでてくる。リーマンショック前はおそらく、為替は$/¥100円を大きく割り込まないだろうと思っていたのだろう。この法人の契約条件がそれを物語っていた。しかしながら、$/¥100円を割り込んだと思ったら、あっという間に90円、80円にまでなってしまった。「想定元本」の評価損はあまりに巨額に膨れ上がり、スワップ契約を継続するための追加担保、保証金の用意にも困窮している状態だった。

 この法人の運用内容を拝見し、まず驚いたのは、スワップ取引による評価損の大きさだった。金融資産総額の約1/3以上にものぼった(スワップ契約を清算すると1/3の金融資産が吹っ飛ぶ)
 更に、唖然としたのは、スワップ取引契約を結んでいた複数の金融機関のうち、ある1、2社の「想定元本」が、各1社当たり、AA法人の総金融資産の2割〜3割にも相当していたことだった。

 果たして自社のスワップ取引の「想定元本」が、この法人の資金量の何割ぐらいに相当するかを知らなかったのであろうか。HPで調べれば誰でもこの法人の財産状況ぐらいはわかる。少なくとも証券会社の営業担当ともあろうものが、それを知らないまま取引していたと言っても、にわかに信じがたかった。それに気づきながら過大ともいえる取引を黙認していた、あるいは、持ちかけていたと認めざるを得なかったのである。また、為替変動についても、$/¥100円を割り込む、あるいは90円、80円にまで達してしまうかもしれないという可能性について、何も思い至らなかったのであろうか。少なくとも素人投資家ではない金融のプロの身近にある過去の為替の値動きや年間変動幅・変動率などのデータはいくらでもある。それらをみて、時に全く想定外の変動をし得るものであると察していなかったとすれば、それはただの怠慢に思えた。

 そして、これだけ巨額の「想定元本」が全く“想定外”の変動をしてしまったとき、AA法人にどれだけの影響をもたらすのかを、金融のプロとして想像してもいなかったということが果たして有り得るものなのかという疑念、不信を抱いたものである。仮にそうだとしても、「適合性の原則」はそれを許さないのである。


◆「適合性の原則」から気になるその他の問題
 このような為替スワップ取引は極端な例かもしれない。しかしながら、学校法人の一般的な資産運用にも「適合性の原則」の観点から点検、改善が望ましい取引はたくさん見受けられる。
 例えば、一昔前、一世を風靡した仕組債(リバースデュアルカレンシー債)投資。米ドル、豪ドル、ユーロなどの違いはあれ、どれも外国為替を参照して利払いが決まる。発行条件によっては償還金額まで変わってくるものもある。
 果たして販売した金融機関は、想定外の為替変動も有り得ること、それが利払いの停止、債券時価の大幅下落を招いたときに学校法人に何が起こりそうかは全く考えなくて良かったといえるだろうか(一通りの商品説明をし、確認書を受け入れれば、後は投資家の自己責任と割り切って良かったのだろうか)。
 自社の販売した仕組債も為替に影響を受けやすい。おそらく他社も似通った仕組債を販売している筈である。自社の販売したポーションはいうまでもなく、他社の販売したポーションを含めた、この学校法人の資産状況(ポートフォリオ)は健全な状態かという配慮が欠けてはいなかっただろうか。

 また、近年の債券運用では内外の銀行、証券会社、保険会社、BBモータークレジットやCCキャピタルなどのクレジット会社やリース会社、DD金融公庫のような準公的金融機関の名を耳にすることが非常に多い。

 果たしてこのような債券を取り扱う金融機関は、「金融危機が世界的に深刻化することはありえない」、「そうなってもこれらの金融業は乗り切れるか」、「“大きすぎて潰せない金融機関”という概念はそれらが発行する債券投資にも当てはまり続けるか」、ということは考えなくてもよいのだろうか。万が一、その“想定外”のことが起こった時に、学校法人に何が起こりそうかは全く考えなくても良いことであろうか。
 自社でのこれら金融業の債券のとり扱い量と同様に、他社でも金融業の債券のとり扱いは多いのではないだろうか。自社の販売したポーションはいうまでもなく、他社の販売したポーションを含めた、この学校法人の資産状況(ポートフォリオ)は健全な状態かということまでは配慮しなくても良いのだろうか。

 その他にも「適合性の原則」の問題は列挙にいとまがないぐらいあるのだが、一旦これまでにして、次回、駒澤大学の賠償請求が学校法人資産運用に発しているもう一つのメッセージについて続けたい。
                                                    以上


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