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                                           (2012.5.16)

 

「ハーバード大学史−学長さんたちの成功と失敗−」を読んで


天谷 正


1 感謝の言葉
  現在の日本の大学経営において極めて重要である「学長の在り方」について、種々真剣に考える機会をお与え頂いた著者清水畏三先生並びにお世話頂いた高等教育情報センターに対し深く感謝の意を表する。

2 『ハーバード大学史−学長さんたちの成功と失敗について』〔1〕

(1)資料の内容と紹介の仕方について
  著者は膨大な資料を丹念に正確に伝えることに非常に配慮しておられる。その上で、これまで長い御研究を背景に、読者の理解を深めるため「筆者のコメント」を付け又必要な場合には「筆者注」が加えられている。著者が資料の内容を読者に伝えたいという熱意と真摯な姿勢に心から敬意を表する次第である。
(2)内容についての感想
  ここでは、本書を読ませて頂いて、筆者の感じたことを述べさせて頂きたいと思う。〔2〕
a、「優れた学長」の確保の為に――「学長養成プログラム」について
  「学長の在り方」を考える際に、最も重要なことは「優れた学長をいかにして確保するか」ということであろう。そのためには「学長の養成」ということが問題となる。アメリカ・ヨーロッパ等で行なわれている「学長養成プログラム」では、学長として大学のマネイジメント関する原理・原則について学ぶことになる。本書が問いかけていている本質的問題はそのように学んだ内容が実際の大学経営の現場ではどのように活かされるのかということであろう。

b、本書が明らかにした本質的問題
  本書が明らかにした本質的な問題は、学長として具体的に大学の経営を考える際に、大学のおかれている諸環境に配慮して大学を経営するということである。具体的には、「戦争を含めた国際的問題」「政府のあり方」「その他社会的・経済的な諸要因」等を配慮し、さらに「学内事情」を考慮の上、その時点で「大学に期待されいるニーズ」「大学の使命」を明確に把握した上で大学の進むべき方向を戦略的に決めていくということである。従って、「学長の在り方」も大学により異なるということになる。その意味において、「学長の在り方」に関して、「成功」「失敗」を示す具体的な指標を、特に短期の視点からの指標を明確にすることは極めて困難なこととなる。

c、「成功」・「失敗」を決める別の視点について
  ハーバード大学で事例研究のケース・ライティングに多くの情熱をかけて努力し、長い間事例を用いた学習指導では高名であったハーバー大学教授はハーバード大学の教育の評価はその教育を受けた学生・院生が卒業後社会の中でどのような活躍をしたかによって判断されるべきであると筆者に話しておられた。又卒業生を採用した種々の機関が卒業生の能力をどのように評価したかにより大学の教育を評価する考え方も存在する。このような考え方に関しては一部本書で触れられているが、大学の教育を評価する際の重要な考え方であると思われる。

d、個々の施策について
  個々の施策に関して詳細に引用することは避けるが、志願者の選抜の問題を含め、取り上げられている種々の施策に関しては、施策の意味・役割の吟味を含め徹底的な研究・検討が行われている。この点に関してその取り組みの熱意に関して強い感銘を覚えた次第である。

3 日本の大学経営の視点から本書より学べる事項
  数多く問題をあげることができるが、その中で筆者が特に重要と考える問題を2点に絞って指摘したい。

(1)教員の「教授法」の習得の必要性
  日本では、小学校・中学法・高等学校の教員になるためには、教育実習を受けて教員免許証を取得し、初めて教員に就くことができることになる。教育実習は教員になるためのは必須の条件となっている。大学の教員の適否を決めるためには、専攻分野の研究業績が問われることは通常行なわれている。しかし、その人が「教授法」についてどの程度の知識・技術等を持っているか、ということにより教員として適否が問われることは全くなかったとみることができる。近年そのことが大きな問題となり種々の「教授法」に関する研修会が行なわれ、学内においても教授法についての研究が行なわれている。大学の教員として「教授法」の習得の重要性に関しては本書の中でも触れられている。今後IT技術の進歩等により多くの新しい教授法が開発されることが予想される。従って、このような研修会及び学内の研究会はかなりり継続的に、かつ長期にわたって行なわれるべき問題であると考えられる。今後はこのような研修に参加した教員が受講後教育を行う際に、学んだ「教授法」を用いて教育を行い、その結果、教育の成果がどのように向上したかという成果の測定までを含めた施策の実施が強く求められている。

(2)大学教育全体を見る視点の重要性
  本書の中でも学部・研究所等の個々の部署の要望が強いことが述べられているが、我が国においても我が国がたどった歴史的背景から「学部自治」の考え方は強いものがある。しかし、現在日本の大学が直面している大学の存否に関わる問題の解決のためには、大学教育全体をみる視点が極めて重要となる。よく指摘されるように、
 「部分最適の総和は全体最適になるとはいえない」
ということである。本書の中でも学長が学部・研究所等の個別の視点からの要望を大学全体の視点に変えるために種々努力されている様子が述べられている。そのための具体的な方法は各大学で異なるのであろうが、大学改革の中では避けて通れない重要問題である。

4 最後に
 最後になってしまったが、2つのことを述べたいと思う。
(1)1971年から1972年まで外務省から派遣されて、バーバード大学国際研究所において、研究に携わっておられた岡田富美也氏に本書をお読み頂ければとお願いしたところ、快くお引き受け下さり精力的にお読み頂いた。その上で次にような感想を述べておられる。〔2〕
 「本書はハーバード大学に関する貴重な記述である。私は歴代学長の評価について語りうる立場にないが、少なくとも私の在校時のBok学長と前任者のPusey学長についての評価は大変適正と思う。」
  その他にも、長い外交官人生の御経験から、実際に当時その中に居なくては見聞することのできない貴重な事柄についてお話をお伺いすることができた。大学経営における学長の存在の重要性を強く感じた。ここに岡田氏に改めて深く感謝申し上げる次第である。

(2)筆者は1998年4月青森大学の学長に就任した。その年の7月頃ハーバード大学よりFAXで、8月に行われる「新任学長セミナー」に参加しないかとのお誘いがあった。テ−マは「教授の人事考課について」ということである。残念ながら学内の仕事の都合もあり参加することはできなかったが、このことは2つの意味を持っているように考えた。
 第1に、ハーバード大学が世界の大学の新任学長について把握して、積極的に働きかけていること。
 第2にテーマが「教授の人事考課」であったことである。人事考課に関しては、筆者はアメリカやフランスのビジネス・スクール等で勉強させて頂いたことはあるが、その際の考課の対象者はビジネスマンであった。ハーバード大学は「教授の人事考課」という大変重要なそして困難の多いテーマを取り上げ、新任学長の学ぶべき最優先のテーマとして考えている。その事実を知り、ハーバード大学の大学経営の基本的考え方に触れることが出来たとともに非常に良い勉強になった。


【脚注】
〔1〕本書の正確なタイトルは、『列伝風ハーバード大学史−学長さんたちの成功と失敗―<アメリカ短期高等教育史><アメリカ女性高等教育史><北京大学史>』となっているが、本稿ではハーバード大学史の部分について考察しているので表題のようにさせて頂いた。
〔2〕1924年生、東大文・中大商卒、帝京技術科学大学教授、青森大学学長を経て、現在日本文理大学客員教授・中央大学企業研究所客員研究員
〔3〕筆者は現在或る有料老人ホームに入居している。岡田氏も同じホームに入居しておられ日頃種々先輩として御指導頂いている。なお岡田氏の略歴は次の通りである。
  1921年生、一高・東大法卒、在ポルトガル大使・国際機関日本アセアン
  センター事務総長

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□ 清水 畏三 著
 『列伝風 ハーバード大学史 〜学長さんたちの成功と失敗〜』
                私家版 B5版232頁 2011年3月改訂増補


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