昨29日に東京大学の秋入学に係る最終報告が公表されました。この報告書の性格は「学内懇談会」からの総長宛の提言であり、学内合意を踏まえた東大としての表明ではありません。いささか率直に言って“主体性・自己責任なき、唯我独尊”の学内文書と拝します。ロースクール制度設計に際して、東大法学部が固有の立場から既修2年制を主張し、大学院制度の再構築をゆがめてしまったことに次いで、「またか」との想いです。
また、記者発表に際して、国大協・公大協へは知りませんが、私大連・私大協への連絡はなく、大学団体への欠礼であり、ひろく公論を起こすことへの配慮がないことに異議ありです。
1月の中間報告以後、経団連・文科大臣・首相等の個人的賛意を得るとともに、12大学の「懇話会」を4月発足するなど、濱田総長の対社会的なメッセージ力は現時点では大いに発揮しておられるといえましょう。「社会情報」「情報政策」の専門力に敬意を表します。
一方、学内状況においては、中間報告以降に387件の意見があったのに「費用対効果等の観点から・・・課題を指摘する意見も目立っており」等の紹介のみで、その概要の整理公表は今後とのこと。また、学内の各部局の検討状況についての公表はありません。教養学部を抱える大学院総合文化研究科の特別委員会が慎重な対応を求める意見書をまとめたと、毎日新聞および中國新聞等で報道されている程度であります。学内及び懇話会での検討を新年度から1〜2年かけて行うということであります。
さて、中間報告のポイントは、(1)東大は秋入学に全面的に移行する、(2)東大のみでは実施しない、(3)3月に入学は決定するが、9月までの半年はギャップタームとなり学生の身分はない、(4)他の11大学と協議をスタートしたい、(5)実施は5年後、であります。
さらに、学内事情について、東大の学則上、注23において、「『休学』は病気等の理由に限定されており・・・」とか、注40において「前期課程における留学の制度は設けられていない」、さらには、注2において「教養学部前期課程」の講義はセメスター制になっていないため・・・現実的でない」と表明しています。つまり、東京大学においては、この間の大学改革の水準にまで、学則上も、実態上も、到達していないということであります。まずは、「学内改革を実施してヨ」といささか呆然とします。
秋入学については、臨教審そして教育再生会議において「促進」が提案されながら、文部・文科省サイドは「これはいたって財政問題である」として導入しませんでした。その代り「学年の始期及び終期は、学長が定める」旨の法令改正をしております。APUや国際教養大そして早稲田大等に続いて、東大においても自主的に導入すればよいことでしょう。
昨29日公表の『参考:見え消し版』にみる最終報告のポイントは、下記の通りです。
(1)「経営協議会、科所長会議をはじめとする各種の全学の会議や各部局の教授会において、昨年末以降、順次意見交換が行われた」が、その公表はない、(2)「全学的な場は、平成24年度に別途設けられる予定である」としている。
「ギャップターム中の身分」については、(1)高等学校卒業から大学入学までの空白の期間については・・・一律に判断しにくいが、留意すべき点であると考える」、(2)「特に身分の問題が当事者の権利・義務に関わる問題であるため、当事者視点に立ってその利益に配慮しつつ吟味していく必要がある」、(3)注31において「学生の身分を付与しない場合であっても・・・科目等履修生に準ずる身分を与え、・・・ただし、対外的な面では、社会生活上、学生と同様の便益を享受できない懸念がある」。
「経済的負担と支援」については、(1)「経済的な理由による教育機会の不均等が助長されることのないよう」十分な検討が必要、(2)「無償性を原則とした体験活動に止まらず、例えば地方自治体やNPOなどで収入を得るような活動に参加・従事することも積極的に認められるべきと考える」、(3)「この他、有意義な活動を行おうとする者に対し、奨学金を直接・間接に貸与する独自の仕組みを作ることなども検討の価値があろう」。
「他大学との関係」では、「こうした点を総合的に考慮するならば、秋季入学への移行を本学単独で行おうとすることは容易ではなく、拙速な対応をとるべきではないと考える」。
「政府との関係」では、「秋季入学への移行に伴って発生する過渡的・追加的なコストについても、こうした大学改革への重点的支援の一環として適切に手当てされることを期待したい」。
以上を転記しながら、いささかこれが「天下の東京大学の実力か」と感じます。「(2)実施形態等めぐる論点」の冒頭において、「本学固有の事情を踏まえつつ」と明記しているが、まさに「まずは主体的にやってよ」とエールしたい次第であります。
以上、いささか勝手なる要約ですが、次の事項を論展いたします。
<ギャップタームを全員に課すこと>
〇「イギリスでは、ギャップイヤーを何時どのように取得するかは、当事者の任意であり、
義務ではない。ある調査によれば、全学生に占める取得者の割合は1割程度となって
いる。」(最終報告 注32)
〇「アメリカでは大学合格後、入学を一年間延期できる制度が次第に普及している。
とりわけ名門大学が、受験競争激化時代における〈解毒剤〉として活用している。
/ハーバードの場合は過去数+年間、合格通知の中で、入学延期を選択するかどうかを
熟慮するよう勧告している/因みに2000年春、入学延期を選択したハーバード合格者数
は54人。」(清水畏三著『列伝風 ハーバード大学史』所収の〈高等教育クロニカル〉
誌2001年9月7日号から)」
<ギャップイヤー期間の身分について>
〇大学の教育責任を全うするためにも、4月に入学し、学生は「休学」等の仕組みを活用す
る。単位制授業料を導入し、その期間は、在籍管理料のみ納入する。
<修業年限についての学生・社会ともの意識改革>
〇4年間卒業主義の脱却。4年、4・5年、5年制システムへの弾力化。
〇在学期間中におけるコーオプ型教育システムの活用。
〇さらに学生に「4年間の学修期間」を実質的に保証するための社会インフラ
(就活改革)の特段の整備。
<ギャップターム期間中の大学側コストと学生への支援>
〇東大学部のケースで、半年間の授業料をラフ計算すると、8億2千万円程度(入学定員
×年間授業料×0.5)となる。仮に、在籍管理料を収受した場合は、7億円程度となろう。
東大においては、政府に新たに要望する金額といえようか。
〇学生の経済面について、「例えば、地方自治体やNPOなどで収入を得るような活動」
との記述は唐突で違和感がある。また、「奨学金を直接・間接に貸与する独自の仕組み」
という貸与=ローン的発想はいかがか。東大として、寄付金集めに精励し、学生への給付
型奨学金とすることには取り組まないのであろうか。
<大学・学部戦略としての春・秋入学のウエイト>
〇今回の論議の高まりの中で、秋入学の本格導入は時代の趨勢といえましょう。
〇東大及び12大学懇話会の結論への“様子見”というスタンスではなく、各大学において、
また、学部ごとに「秋入学制度の導入」及び「定員拡大」についての前向きな創意工夫
が重要かと存じます。
〇「5年後の実施」ではなく、スピード感ある取り組みで、“意義ある未来”を切り拓いていた
だくことを念ずる次第です。